『ブレイク前夜~次世代の芸術家たち~#54 原田郁』追記

2017/04/30

 

4月にBSフジで放映されました『ブレイク前夜~次世代の芸術家たち~#54 原田郁』が youtubeで公開されています。
未だに気恥ずかしいですが、ご興味のある方は是非ご覧下さい!
https://m.youtube.com/watch?v=QnU9boIlaxI

また、どの年齢層にも伝わりやすくするため、ということでロケを行うにあたり制作側から前もって質問票を渡されました。わたしは今年から美大へ非常勤でお世話になっていますが、学生と面談をする時間は自身を改めて振り返る機会であったりもします。
折角ですので映像の補足として質問票とその回答を。

 

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以下少し長くなりますのでご興味のある方はどうぞ。
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〈ブレイク前夜 質問票〉
●子供の頃、どんな子でしたか? 故郷、家族等についても教えてください。
生まれは山形県です。田園が広がる盆地と最上川の流れる自然に囲まれた街で育ちました。
祖母、祖父、父、母、姉の6人家族。割と物静かな子どもだったと思います。学校の帰りも休みの日も友達と遊ぶということはあまりなかったのですが、代わりに家にはぬいぐるみの友達がいっぱいいました。笑
家へ帰ってひとり絵を描いたり、学校の裏山の見晴らしの良い場所にある神社へ写生をしに通ったりと、描くことは好きでした。

 

●学生時代について教えてください。

普通高校から一年間浪人をして東京造形大学へ入学し絵画科を専攻しました。当時コンセプチャルアートに興味がありましたが、素直に絵も学外で描いていました。また一方で、より直接的に社会と結びつく美術の世界を知りたくて、デザイン科専攻の友達とよく遊んで情報をもらっていました。

 

●プロになろうと思った時のことを教えてください。また、親御さんの反応はいかがでしたか?

その当時「現代美術家」というものがどういった生き方なのか私自身説明するのが難しかったのですが。両親は半信半疑、かなり心配していました。でも応援もしてくれました。

 

●一番つらい時期のことを教えてください。

美術界は厳しい世界…と上京する前から感じていましたし、美術大学に関わっていた時点でも実際なかなか成果が出ず、どんどん周りの先輩や後輩が評価されてゆく中27歳頃かきっぱり美術をやめよう、と思いました。でもその前に1年間だけ、と決めて本当に自分がやってみたい表現とその方法を立ち上げてみようと思ったのです。それで純粋に楽しめたら続けようかなと。
その方法を編み出す時間が物凄く辛かったです。オリジナルとは何かという問いもあり、自分自身と究極の対峙をしました。
PCで3Dソフトを土台にアーカイブとアップデートを繰り返しながら作品づくりを展開していく方法は今でも他にない発想だと思っています。

 

●初めての展覧会の時のことを教えてください。

構想が形になっていくつか公募展に挑戦しました。GEISAIでリキテックス賞をいただき副賞で都内六本木のギャラリーで個展の機会をいただきました。
はじめて個展ができるのがとにかく嬉しかったのですが、でもその時は大学の助手の仕事が多忙すぎて身体はボロボロ、嬉しさを噛み締めている時間は無かったです。今振り返るととても充実していた時期にデビューさせてもらったのだなあと感じます。

 

●初めて作品が売れた時の気持ちを教えてください。
自分のなかでこれは上手く仕上がった、と思える作品が売れる…本当は手元に置いてずっと眺めておきたいような、そんな離れがたい気持ちでしたが「いい作品こそ手放していかないと」と誰方かに言って頂いた記憶もあります。

 

●作風の変遷がありましたら、きっかけ等を教えてください。
架空の世界の中には、私自身の作品を展示出来るギャラリーなども存在していて画中画とも言える入れ子状の世界がそこにはあります。これによって仮想と現実世界を行ったり来たりする構造が生まれました。

 

●今の生活スタイルや趣味、生きがいなどを教えてください。
2歳になる息子の子育てをしながら、仕事と作家活動をしています。両立はなかなか大変ですが、子どもの笑顔に癒されますし、創作に関しての沢山のヒントを貰えます。

 

●作品のコンセプト

私はコンピューターの中に架空の世界をつくりその中に自分自身が立って見える風景を描いています。
2008年末に構想を立て描き始めおよそ8年以上が経ちますが、この架空の世界をアップデート(更新)とアーカイブ(記録保存)し続けてきて今に至ります。この世界は生まれ故郷の山形県の盆地や最上川の景観とをベースに造り上げ、展開しはじめました。はじめは引っ込み思案な自分の為のシェルターのような場所でした。2011年の東北大震災を経験し、一度は精神的に制作するのが辛すぎてどうしようもない時期もありましたが、改めてアイデンティティを見つめ直す機会となり、
さらには東北の再建と復興への祈りや、同時に歴史をアーカイブ化していく事への重要さなどに意識もしはじめました。
”デジタル”なものを敢えて手で、絵の具で、描き起こすという作業を通し、私はこれからの時代を生き「確かに」記録していきたいと思っています。

 

●日本のアート業界について思うこと

その時その時アート界の情勢には逆らえないことが多いですが、その流れに無理に乗ることはせず、自分のやるべきことを見失わないでいたいです。様々な人やアートが存在し、共存しているのは事実ですしその多様性が私は個人的には好きです。ただ、権威的な立ち位置をとろうとする人やアートは苦手です。

 

●10年後の自分、将来の夢 

このコンセプトで作品制作を始めて8年と少しですが、だんだんとこの仮想空間も豊かに育ってきました。
「まずは10年続ける」をひとつの目標にしてきました。10年まではもう少しですが、でもまだまだこれから。スタートがやっと見えてきた感じです。
この誰のものでもない私の世界が、作品として切り取られ外界へ繰り出された時に、どこかで誰かのため、また社会のために寄り添えるものになれたらと思っています。美術の力、可能性を信じて力強く描いていきたいです。

 

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